不動産トピックス

【今週号の最終面特集】考察2024年 中小ビルの経営戦略

2024.01.01 11:00

新築・大型との競合でテナント獲得競争は激化 我慢の時代に活路を見出す創意工夫とは
 巨大化・高層化が進む新築ビルと、既存の中小規模ビル。一見すると競合関係はないように思えるが、昨今は様子が違うようだ。既存の中小規模ビルはどのような経営戦略をとるべきか。ビルオーナーや仲介営業マンの話をもとに考えてみたい。

収益物件への投資を加速 資産の分散でリスク回避
 日本の企業全体における中小企業の割合は99%以上とされている。これら中小企業が業務を遂行する上での拠点の受け皿として機能しているのが中小規模ビルである。都市部では1980年代から90年代にかけ、バブル景気の追い風にのって多くのビルが建設された。それらのビルは築年が30年を超え、大規模修繕を実施すべき状態のケースも少なくない。また築年が40年や50年を超えてくれば、建替えが現実的な課題として挙がってくる。
 アフターコロナで日常生活が戻り、オフィスには従業員が戻ってきた。だからといって賃貸オフィスの増床ニーズが上がっているかといえば、必ずしも肯定できる状況とはいえないだろう。マーケットにおける競合相手も多様化している中で、既存の中小規模ビルを経営するオーナーには、物件独自の魅力を発信するための創意工夫が求められている。
 東京・神田や大阪・梅田などで賃貸ビルを所有・運営している裕幸社(東京都千代田区)の平岡直記社長は、2023年の自社のビル経営について「神田エリアは経営が安定している中小企業が主なテナント層。当社保有ビルもテナントの入れ替わりなく安定した経営が続いています。言い換えるなら、ビル経営は現状維持あるいは目立ったプラス要素もなくわずかに下振れといったところでしょうか」と話す。神田エリアでは駅周辺の飲食店舗の出店需要が非常に高く、また近年はマンション開発も盛んで地域人口が増えつつある。一方で賃貸オフィスは賃料の上昇マインドには至っていないのが現状で、同氏は「賃料の上がり目が見える状況であれば先行投資で物件のバリューアップを検討するところですが、これから賃料が上がっていく要因に乏しく、引き続き現状を維持することが無難ではないかと思います」とする。
 ビル経営において現状維持を継続せざるを得ない状況下で、平岡氏がその他の収益源として注力しているのが区分マンションへの投資である。これまでに五反田や目黒、大崎といったJR山手線沿線を中心に投資を進めてきているという。
 「昨今では再開発によってどの駅でも駅前にタワーマンションが建つ時代になりました。投資目線でみれば、同じエリア、同じ駅周辺でも物件ごとのヒエラルキーが徐々に形成されているように感じます。タワーマンションに住まれる方々の属性も物件の価値を大きく左右するものと考えており、例えば富裕層が集まるエリアは価格帯の高い物件を中心に今後も値崩れが起きにくいと思います」(平岡氏)
 前述のように賃貸ビル経営は「現状維持」としながらも、「保有ストックが限られている中で利益を追求するには限度があり、キャッシュフローの状況をみながら保有ストックのパイを増やし、収益性を高める方針」と平岡氏は述べる。賃貸ビルへの投資戦略は区分マンションとは異なり、地域特性を良く知る神田・日本橋周辺が主な対象エリア。物件情報は徐々に増えてきているというが、それでも価格帯は想定よりも2割ほど高い水準とのことだ。「法人と個人を使い分けながら不動産や金融商品など資産の分散化を進め、運用益を着実に伸ばしていきたいですね。それが将来の自己防衛のためだけでなく、柔軟な対応力を身に着けることにも役立つと思います」と同氏は述べている。

漂う先行き不透明感 適切な設備更新・修繕に務める
 東京都心の中でも近年特に大規模開発が活発に行われてきたのが渋谷である。「渋谷ヒカリエ」、「渋谷ストリーム」、「渋谷スクランブルスクエア」など、街を代表する施設が続々と誕生。直近では昨年竣工した「渋谷サクラステージ」が今夏の街びらきを予定している。渋谷はIT関連企業の集積地であり、商業地としても高い集客力を持つ一方、地元で賃貸ビル経営を行うミネギシビル管理(東京都渋谷区)の峰岸直也社長は「新築ビルが次々と建設されることが、地域の貸ビル市場に必ずしも追い風になるとは限りません。新しく竣工した『渋谷サクラステージ』は、貸ビル市場の視点から見た今後の渋谷を推し量る試金石となるかもしれませんね」と話す。
 「渋谷」駅に近接した街区の大規模開発は「渋谷サクラステージ」の竣工をもって一巡した。今後はその周囲の街区における大規模開発が、竣工あるいは計画スタートを控えている状況である。
 「駅から『渋谷ヒカリエ』にかけての動線は人通りが非常に多く、飲食店は軒並み盛況の様子です。その人の流れが周囲にまで波及し、これまで以上に人を呼び込むのか、それとも客の奪い合いで共倒れになってしまうのか。今後の見通しが立てづらいというのが本音です」(峰岸氏)
 先行き不透明感は拭えないものの、同社が渋谷エリアに保有する2棟の賃貸ビルは多少のテナント企業の入れ替わりがありつつも堅実な経営を続けている。明治通り沿いに建つ「第2ミネギシビル」では数年後のエレベーターリニューアルに向けた準備を進めていくと峰岸氏は述べる。
 「『第1ミネギシビル』では2019年にエレベーターリニューアルを実施しました。エレベーターは三菱製ですが、利用が多い平日の日中は通常通り稼働し、夜間や休日に工事が行われました。『第2ミネギシビル』でも同様のサービスを活用し、なるべく入居テナントの不便を解消したいと考えています」(峰岸氏)
 働き手の不足による店舗の出店断念など、昨今の社会問題は貸ビル市場にも影響を及ぼしている。様々な不安要素が考えられる中で、適切な設備更新や修繕といった堅実な経営手法が安定稼働への近道といえそうだ。
 コロナ禍が収束し、貸ビル市場はネガティブな雰囲気からは脱却しているように感じられる。一方で、「市況が回復するようなポジティブ要因もそれほど見当たらない」というのが、ここまで紹介してきたビルオーナーの共通意見のようだ。となれば、所有ビルの市場価値を極力落とさないよう、まずは設備更新や共用部のバリューアップ工事といった、物件に磨きをかける取り組みが、堅実な経営に向けての優先課題といえるだろう。オフィス仲介の現場で活躍する営業マンの視点からは、居抜きやセットアップといった新しい貸し方への挑戦といった意見も聞かれた。ただしこれらの手法は一長一短があることから、所有ビルでの導入が有効かどうか、十分な検討が必要だろう。


仲介営業マンの視点 貸し方のトレンド押さえ柔軟な対応を
ケン・コーポレーション ビル営業部 部長 森典久氏
 大手デベロッパーが開発する昨今の新築物件は、大型でもフロアの分割に対応できる設計になっています。そのため既存中小ビルは同クラス・同規模の物件だけではなく、大手の新築も競合となっているのが現状です。東京都心の賃貸オフィスは需要が集中するエリアとそうでないエリアの二極化がより鮮明となり、需要の一端を担っていた外資企業は円安の影響でコロナ後も本国からの戻りが鈍い状況。2024年はオフィスの供給量が前年に比べ減少するものの、既存ビルでは二次空室の影響が本格的に現れてくるとみられるだけに、賃貸ビル経営は我慢の時期が継続するものとみています。このような市況感で既存ビルの経営安定・入居企業確保を実現するためには、エントランスなどの共用部・水回りといった設備のバリューアップを実行するオーソドックスな手法がまず考えられます。そのほか、専有部内の造作を引き継ぐ居抜きや、内装工事や什器類の設置が完了した状態で引渡しを行うセットアップオフィスなど、テナントの初期費用の負担を少しでも軽減させる手法も有効だと思います。居抜きは貸室内の状態を貸主・借主双方で入念にすり合わせる必要があり、セットアップオフィスは想定される入居企業層が求める内装デザインが求められます。オーナーは賃貸形態に関して昨今のトレンドをキャッチアップするとともに、これらの手法を効果的に実行できるアイディアやネットワークを持った仲介業者へ相談することをおすすめします。コロナ禍が収束しオフィスへ回帰する動きはマーケットにとってプラス材料である一方、2025年以降は再びオフィスの供給が増加傾向に転じます。既存中小ビルの経営は難局面が続きますが、現下の賃貸市場での流行を押さえ、自社のビルへの柔軟な対応を検討してみてはいかがでしょうか。

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