不動産トピックス

【今週号の最終面記事】ビルの街づくり新潮流

2022.08.29 11:07

住宅物件へのワークプレイス整備から物件コンバージョンまで
地域の特性を見据えた不動産活用事例に注目
 ハイブリッドな働き方も主流になりつつある昨今。自宅周辺のワークプレイスに助けられた人も少なくないはず。地域の特色をいかしながら、不動産の価値向上と地域の人々に開けた施設を運営する事業者に注目した。

住宅物件にサードプレイス 会員数は100名以上に
 南荘石井事務所(川崎市中原区)は、川崎市中原区と高津区を中心に複数棟の賃貸住宅物件の管理を行っている。同社は2020年11月より、JR「武蔵新城」駅徒歩4分に保有する3棟の賃貸住宅物件の下層階をリノベーションした、ワークプレイス「新城WORK」を運営している。
 「新城WORK」はフリーランスや中小ベンチャー企業、リモートワーカー、そして中高生をはじめとした就学者を中心に右肩上がりに利用者数を伸ばし、現在の会員数は100名以上。まちづくりの観点から評価を受け、2021年にはグッドデザイン賞を受賞している。
 武蔵新城は川崎市の中でも知られた住宅街。ワークプレイスを整備した理由について代表取締役の石井秀和氏は、「保有する『石井ビル』の2階に入居していた中華料理屋さんの退去が決まり、次は『人が集まる場所』をつくりたいと思案しました。ファミリー層や商業に携わる人が多い武蔵新城には、街の人々を助けてくれる『専門家』が必要だと以前から感じていたからです。そこでフリーランスや中小ベンチャー企業の方々を中心としたワーカーが集える場所として、コワーキングスペースの開所を決めました」と話す。
 「石井ビル」の元・中華料理屋とスナックの区画に約135㎡、全25席のコワーキングスペースを開設。向かいの保有マンション「セシーズイシイ7」の1階にはドロップイン利用ができる74㎡11席のワークスペース「パサールスペース」、コーヒーを始め地産地消のドリンク・フードメニューも提供するカフェ「新城テラス」。「セシーズイシイ7」向かいの物件の1階にはモニター付き半個室ブース11席からなる「FOCUS」を設けている。
 そして今年、「新城WORK」は大幅なリニューアルを実施。「セシーズイシイ7」の2階に「新城WORK FITNESS」、会議室1室と半個室型フォンブース4室からなる約37㎡の「BOOTH」を開設した。「新城WORK FITNESS」には本格的なマシンを揃えた3つの個室を用意。「新城WORK」の会員に加え、南荘石井事務所が管理する賃貸住宅の住民も利用できる。
 施設の拡充に踏み切ったのは、賃貸住宅物件の増加を背景とした居住者へのサービス向上が理由の一つ。「武蔵新城は賃貸住宅物件の需要が根強く、今後も投資物件を中心に賃貸住宅が増加していくのではないかとみています。そこで今後は部屋の数を減らし、共用部でワークプレイスなど時代の変化に合わせた場を運営することによって、マネタイズを図ることも必要であると感じています。差別化も図りながらも、居住者の方々にいかに満足していただけるサービスを提供できるか。ここを突き詰めていきたいという思いがあります」(石井氏)
 今では住宅街にシェアオフィスが開設されることも珍しくなくなった。郊外にありながらも、リモートワーカーの拠点として順調に推移するワークプレイスも見られている。暮らしに溶け込むワークプレイス併設型の住宅物件は、これからも多くの支持を得るだろう。

パチンコ店をコンバージョン シェアオフィス付き複合施設に
 エヌ・ケイ商事(広島市中区)は先月19日、広島市中区大手町に築26年のビルを再生した複合施設「THE CUBE OTEMACHI」を開業した。
 1995年設立のエヌ・ケイ商事の主な事業は、広島県内を中心としたパチンコ遊技場の運営。今回コンバージョンをした物件は、広島電鉄「本通」駅徒歩4分、「原爆ドーム前」駅徒歩2分。原爆ドームや平和記念公園の近くに位置する地下1階付地上4階建てビル。元々はパチンコホールとして活用されていた。コロナ前から物件をコンバージョンする計画を進め、エレベーターのないビルの不便さをカバーするため、様々な用途の混在する複合ビルという形を選んだ。
 運営を務めるのは、コミュニティマネージャーを務める川崎明美氏・部長の川崎彰仁氏の姉弟。姉の明美氏は「当ビルは地下1階~地上1階をパチンコホール、2階を当社の事務所、3階を社員寮、4階を自宅として使っていました。パチンコホールの全国的なトレンドとして郊外の大型店舗化が進む中、時代に、そして街に適した用途を考えた際に、複合施設へのコンバージョンを決めました。観光・商業・オフィスの3つの要素を持つエリア特性を踏まえて、飲食店・商業店舗・シェアオフィスの複合施設を企画し、ミッドサイズビルの持ち味を生かしてフロア内、そして各フロア間の相互作用が生まれるようにデザインや導線を工夫しました」と話す。
 広島らしさを生かし、施設内には地元広島の伝統工芸品でもある広島煉瓦(松本煉瓦より協賛)を全フロアに採用。観光客により広島の魅力を発信できるような仕組みづくりに注力した。
 各フロアを見てみると、地下1階には備え付けの鉄板設備を完備したお好み焼き店専門のシェアキッチン「お好みセンター/5(GOBUNNO)」。1階はエヌ・ケイ商事のグループ会社が運営する広島市内初の星乃珈琲店のフランチャイズ店舗を展開。約200㎡の店内に68席と席数をあえて少なくすることで、家族連れや荷物の多い観光客でもリラックスできる空間を心掛けた。
 2階はネイルサロンや香水のセレクトショップ、リラクゼーションサロンなど4テナント(店舗)が入居。そして3・4階には自社運営のシェアオフィスを開設。10㎡、20㎡、30㎡と計3タイプで12室の鍵付きオフィス(完全個室)のほか、ワークショップやイベントなども開催できるコワーキングスペース・会議室を設けている。“様々な職業やバックグラウンドを持つ人々を「集めて」「つなげて」「根を張って」もらう”というコンセプトのもと、広島で新しいスタートを切る人たちを応援するコミュニティ連動型シェアオフィスとなる。
 「単なる場所貸しでは年数が経ちビルが古くなるにつれて、どんどん空室が増えることが予想されます。年数の経過とともにシェアオフィス内のコミュニティを成熟させることにより、それを付加価値として提供していけるようにしていきたいと思っています。現在の利用者の方は約8割が地元の方、2割が県外の方です。広島界隈は東京と比べてシェアオフィスの知名度がまだ低いですが、スタートアップやベンチャーの方々も安心して使用し、ここの場所から飛躍していってほしいと感じています」(明美氏)
 地域を知り尽くしているからこそできる独自の不動産経営。街の活性や人々の暮らし良さにも還元していく。


ニーズを汲んだ事業整備に注力
南荘石井事務所 代表取締役 石井秀和氏
 フィットネスを開設した理由は、「新城WORK」の利用者様から、テレワークが増えることで「運動不足になった」、「気分転換をしにくくなった」という声が上がるようになったためです。今年7月に開設し、現時点で10名ほどの会員様が利用されている状況です。住宅物件にサードプレイスを併設する「新城WORK」の取り組みは、他拠点での展開は考えていません。今の拠点の居住者・利用者様の満足度向上に務めていきたいと思います。

スクラップ&ビルドで思い入れをそのままに
エヌ・ケイ商事 部長 川崎彰仁氏
 「THE CUBE OTEMACHI」はパチンコホールを想定して建てた物件のため、天井が低かったり排煙の場所が特殊だったりと、用途変更・コンバージョンに苦労しました。スクラップ&ビルドで建てなおした方が簡単でしたが、自分たちの生まれ育ったこの思い入れのあるビルをあえて壊さずにコンバージョンしたいという強い思いがあったため、資材不足の中で完成までこぎつけることが出来ました。ハードを作るだけで終わるのではなく、テナント様やお客様・街の皆様と一緒にソフト面も充実させ、皆様の憩いの場にしていきたいです。

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