不動産トピックス

【12/8号・今週の最終面特集】地方都市の不動産再生事例

2025.12.08 10:55

築43年ビルを「職と食が両立する拠点」に再生 会社員大家のチャレンジが始動
市の中心部で起業の場提供し地域活性化・産業振興目指す
 国宝の松本城を有する長野県松本市で、築43年のレトロビル「松永(しょうえい)ビル」をリノベーションによって再生するプロジェクトが進行している。手掛けているのは、地元で不動産賃貸業を展開しているsanroku baseだ。空きビルとなっていた物件の再生は、地域の活性化や産業振興に貢献できる取り組みであり、本事例にも大きな期待が寄せられている。

物件を「商品」として捉え街に合った建物づくり
 「松永ビル」が立地するのは、市の玄関口であるJR「松本」駅から徒歩20分余りの城東1丁目。古くは江戸時代に街道の宿場町が整備され、現代では市役所などの公的機関が近接し街の中心部として多くの飲食店舗が集積していた。特に表通りを外れた通称「裏町」には多くのスナックやバー・クラブが出店し、夜になると賑わいをみせたという。その後、街の中心が駅周辺に移ったことや郊外型の大型商業施設が開業したことで中心部の商業集積は弱まり、現在は住宅と店舗が混在する落ち着いた雰囲気を感じさせるエリアとなっている。その中に建つ「松永ビル」は地上3階建て、築43年のビルである。以前はスナックやパブがテナントとして入居し、地域に親しまれていたものの、テナントは次第に退去し1階の飲食店1店を残すのみとなっていた。前オーナーの意向で新規のテナント募集は行われず、長らく空室状態となっていたそうだ。
 sanroku baseの代表・岡本夕佳氏は、仕事の都合で数年前に関西から松本市へ移住。それまで住んでいた自宅は賃貸に出しているものの、本格的な不動産の賃貸経営は今回が初めてという。
 「本業では商品企画の仕事に携わっており、本業とは異なる領域で商品企画の仕事にもチャレンジしてみたいと考えていた中で、『松永ビル』と出会いました。初めて物件を見た際は率直に『年季が入ったビル』という印象を持ちましたが、地元の有名な設計事務所が手掛けたビルということもあり、細部まで凝った意匠が印象的に感じました」(岡本氏)
 物件の取得後、「松永ビル」の再生を検討する上で岡本氏は「物件を商品として捉え、街に合った建物をつくりたいと考えました」と話す。前述のように城東地区は中心街として多くの店舗が集積し街の繁栄を担ってきた。そこで「松永ビル」を「職と食が両立する拠点」とすることを目指し、リノベーションを企画。地元の工務店や金融機関などの協力を得ながらプロジェクトを進めることとなった。
 「松本市は観光資源が豊富で文化的な施設が多く、一年を通じて多くの観光客が訪れます。また暮らしにおいても魅力的な面が多く、移住希望者や街で店舗を開業したいと考える方も多いのですが、市の中心部には事業を始めるスペースが少ない現状がありました。『松永ビル』では街に暮らしながらスモールビジネスで起業される方の拠点づくりをメインコンセプトとしています」(岡本氏)
 リノベーション後に募集を行うのは4区画で、飲食店や事務所としても使用できる店舗区画のほか、厨房・販売スペース付きの店舗兼用住宅の区画も設けた。パンや菓子類などの店舗入居をメインに想定しているそうだ。募集の開始から問い合わせは徐々に増えているといい、岡本氏は「スモールビジネスを始めようという方の拠点となってくれればと思います」と話す。
 岡本氏は個人事業主として物件の賃貸経営に取り組んでいるが、事業用物件の不動産経営はこれが初めて。「金融機関からの融資の取り付けや、リノベーション実施時における消防法などの法令順守や工務店との信頼関係の構築など、初めての経験で多くの学びがありました。物件のニーズを探るために、地元の商工会議所や市の移住課や第三セクターが運営するシェアオフィスに足を運ぶこともありました」と振り返る。市の中心部では起業や店舗の開業に関する一定の需要は存在するものの、その受け皿となる施設は不足している。今回の「松永ビル」がモデルケースとなって新たなビジネスを始める拠点の整備が加速することは、地域の活性化や産業振興にも良い影響を与えてくれるに間違いない。


Backpackers’ Japan 広島・尾道の旧物件をスモールオフィスに
 Backpackers’ Japan(東京都台東区)と同社の100%子会社であるBJO(東京都台東区)は、広島県尾道市の中心街に立地する旧中国銀行尾道支店の建物を活用し、コーヒーショップやパブを併設した複合型ホテルへコンバージョンを行う。開業は2026年春を予定している。
 尾道市は長く商港として栄えてきた土地であり、歴史的・文化的な魅力が残る街でもある。ホテルへの再生を実施する建物は、JR「尾道」駅から続く商店街と石見銀山街道が交わる交差点角地に建ち、かつては中国銀行尾道支店として使用された地上3階建て、延床面積1132㎡の物件。
 同社が企画・運営を行うスモールホテルブランド「Arbor(アーバー)」は、主に地方都市での展開を計画する施設で、今回の尾道市出店が1号店となる。客室数を多くとらずに、ホテルスタッフが宿泊客や地域との関係性を深めていくことのできる規模感を「スモールホテル」と定義し、観光や食事については積極的に街の回遊を促し、街での滞在を楽しむホテルを目指している。事業は物件のオーナーであり、周辺エリアの活性化にもつながる物件活用を検討していたTACKSEL(広島市中区)と、地方としてのホテルを計画していたBackpackers’ Japanのビジョンが一致し始動したもの。
 ホテルは16室の客室で構成され、広さや設備により価格の異なるダブルルームやツインルームを中心に、施設の世界観を詰め込んだシグネチャールームや、個人旅行者にも対応できるドミトリーを備え、幅広く旅行者を迎える。




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