不動産トピックス
【10/6号・今週の最終面特集】競争激化 コンパクトオフィスビルの最前線

2025.10.06 11:57
高賃料成約見据えつつ戦略的にリーシング
早期リースアップにつながるオフィスのセットアップ
中小ビルオーナーも目にする機会の増えた、都市型のコンパクトオフィスビル。デベロッパーを中心に展開しており、近年は新築だけでなく、既存ビルをリノベーションしたリノベブランドも出てきた。稀少な都心一等地に建つ、最新のオフィスビルの動きとは。
リノベのオフィスビル「enSUITE」
阪急阪神不動産(大阪市北区)は、2023年10月から新築の中規模オフィスを「SUITE(スイテ)」と称し、シリーズを展開してきた。この「SUITE」と並行して既存の中規模ビルのバリューアップを図るべく、新たにリノベーションのオフィスビル事業「enSUITE(エンスイテ)」を開始。今年8月末に「エンスイテ御成門」が完成を迎えた。
enSUITE(エンスイテ)は、環境(environment)に配慮したリノベーションによって既存のオフィス空間を向上(enhance)させる思いから、共通する「en」を用いた。日本語読みでは「縁」となる。同社のリノベーション事業を通じて新しい顧客層やビジネスパートナーとの新たな機会や可能性の縁を築くことも企図して命名。SUITEの事業思想を踏襲し、同じ外観や内装にはせず、街に適した「永く愛されるオフィス」へとリノベーションする。
対象は都心オフィスエリアを中心に首都圏に立地する、新耐震基準の物件。取得後にリノベーション等を実施し、同社でリーシングも行う。オフィスニーズの成立するエリアならば取得検討は可能であり、対象レンジは、基準階面積50~200坪。また、将来的にはリートや外部への売却も視野に事業展開を行っている。
第1号案件の「エンスイテ御成門」は、都営地下鉄三田線「御成門」駅から徒歩3分、都営大江戸線・浅草線「大門」駅からは徒歩6分に立地。オフィス・店舗の複合ビルで、1997年7月竣工の地上9階建て。延床面積は約3690㎡。2024年11月に取得し、今年2月から約半年掛けてリノベーションを始め、8月に完了した。リノベーションは主に1階のエントランスと、各階の貸室。特に1階のエントランスは、新たに壁を解体し、ファサードとエントランスホールを新設。既存のエントランスは1階に入居する店舗用とし、オフィスエントランスを別に設けた。ちょっとした休憩や待合い、軽作業スペースも兼ねて席を配置。中央には植栽を設けることでやすらぎを提供する。
2~9階や区114坪のハーフセットアップ
2~9階のオフィスは376・05㎡(113・76坪)のハーフセットアップオフィス。エレベーターホールから貸室の手前にかけて会議室、オープンスペースとしてカウンターテーブルやソファ、パントリー等を設置。個室ブースも3つ用意するなど、什器を設えた。一方貸室奥側に位置する執務エリアには什器を置かず、さらに会議室を1部屋設けているのみであり、入居テナントの要望に応じて自由にレイアウトできる柔軟性を持つ。従前は木材で嵩上げされていた床を床下配線の自由度を高めるためOAフロアとタイルカーペットに変更。照明も傘のあるライトから、空間を広く見せるため、フレームバーの照明に切り替えた。パントリーは従前の位置をそのまま生かしつつ、周辺のデザインを更新。オープンスペースと執務エリアは全部一体とせず、フレーム棚で緩やかに分けた。
開発事業本部 首都圏開発事業部の原崇之氏は「新たなデザインは強い主張をせず、柔らかく温かみのあるデザインを採用しました。自然や環境配慮も意識し、再生素材を活用した内装材や什器を多用しています。共用部や室内には木や石といった自然素材を取り入れ、エントランスファサードにも採用しています。当ビルのように既存オフィスビル1棟を外部より仕入れた上で、丸々リノベーションした事例は当社初です。築27年のビルですが、今後しばらくは大規模な改修が不要となるよう、建築・設備の更新を実施しました」と述べた。
今後阪急阪神不動産は首都圏において、中規模オフィス事業を新築とリノベーションの2ブランドで、積極的に展開していく。双方合わせて年2~3棟を仕込んでいく方針だ。
ワーカーを住民つなぐコミュニティハブに
NTT都市開発(東京都千代田区)は、「owns 八丁堀」を7月10日に竣工した。
立地は東京都中央区八丁堀三丁目。JR京葉線・東京メトロ日比谷線「八丁堀」駅から徒歩1分、新大橋通りに面した利便性の高い場所に位置する。S造地上12階建て。延床面積4160・49㎡。基準階面積は334・25㎡。
同社はコンパクトサイズのオフィス「owns」シリーズを展開しており、「owns八丁堀」はその最新作。「集まることの価値」を最大限高めていくことをコンセプトとする。1フロアあたり約100坪。1フロアに1企業が入居する形。全てのオフィスフロアに会議室、インナーテラス、専用テラスがあらかじめ用意されている。現在のところ9階以外はハーフセットアップで、9階がフルセットアップ。反応によっては、今後ほかの階にフルセットアップを増やす可能性もあるという。入居テナントが利用可能な屋上テラスは、夕方16時から貸し切りで利用することもできる。テナントは自分が入居している「owns」だけでなく、ほかの「owns」の共用部も、一部利用することができる。
認証については、「BELS」認定で最高評価である5つ星を獲得。「ZEB Ready」認証も取得した。
1階にはAtari productions(東京都港区)が運営するコーヒーショップ「it COFFEE 八丁堀店」が2025年中にオープン予定。「owns 八丁堀」と連携し、オフィスワーカーと地域住民をつなぐコミュニティハブの役割を担う。オフィス用と飲食店用のエントランスを一体化させ、入居者や来訪者、地域住民が自然に往来し活気が街に溢れるような空間を目指す。
「it COFFEE 八丁堀店」は定番の通年ブレンドや、デカフェなど常時4カ国4種類の特定の地域で生産されたシングルオリジンの6種類の豆を用意。店舗内の自家焙煎機で焙煎する。オフィス入居者が利用可能な屋上テラスや、様々な共用スペースと連携しコーヒーを片手にリラックスした雰囲気で会話を楽しめる空間を提供。また入居者向けの交流イベントを定期的に開催予定だ。
原状回復工事の線引き トラブル発生の懸念も
都内では基準階面積100坪未満のコンパクトサイズによる新築オフィスビルが増えている。とはいえ、折しも建築費・資材費や建設現場の働き手である人件費は上昇傾向。これら上昇した建築費を回収するために、新規募集賃料を高く設定せざるを得ない。
かたやテナントは採用強化や立地改善、潜在的な新築需要のあるエリアであっても、高い賃料に敬遠しがち。満室稼働までに時間を要するだろう。新規成約賃料を周辺相場よりも高く設定しながら、早期にリースアップしたいとなれば、昨今流行りのセットアップオフィスに行きつく。現在多くの内装業者でセットアップオフィスのソリューションを打ち出している。その中でしっかりと実績のある企業を見つけ組むことで、高い賃料と早期満室の両方を達成できるはずだ。
一方今後は退去時の原状回復工事で、揉める事例も増えてくると思われる。セットアップオフィスの多くがテナントに原状回復工事を不要としているが、一部消耗品等は戻す契約を見かける。どこまでが原状回復しなくても良いのか、セットアップオフィスを行う前に入念に決めておく必要がある。両者の認識違いで、後に思わぬトラブルとなることも考えられる。