不動産トピックス
【10/13号・今週の最終面特集】一歩先へ進むためのAI活用のあり方

2025.10.13 10:55
業務効率化は「明日からでも」可能
ビル経営の「右腕」にするオーナーも
ビジネスにおける「生成AI」の活用が盛んだ。不動産業界もその動向に関心を寄せるが、事業にどう活用するかはこれから。労働生産性は高い業界だけに、さらなる飛躍に向けては本格的な活用が望まれる。
AI「遅れを痛感」も活用へハードルは低い
9月25日、都内のセミナールームに約20名の不動産業界関係者が集まっていた。開催されていたセミナーのテーマは「不動産業界のAI活用」。登壇した国際不動産カレッジ(東京都港区)の杉浦隼城氏は「これからAIを活用するか、活用しないかで業界内の優劣が決まっていく」と警鐘を鳴らす。カレッジ内でAI活用研究会を組織し、今回のセミナーもその一環だ。
業界におけるAI活用への姿勢は積極的だ。大手では社内の業務効率化へ社員にAIツールを導入や、知見を持つスタートアップと連携してデータベースでの活用も進める。
しかし他業界と比べると、その進展は早くない。特に業界で多数を占める中小プレーヤーでは広がりに欠けるのが実態だ。杉浦氏は、堀江貴文氏の「不動産業界は20数年前に自分がしていたことを今やっている」という言葉を紹介したうえで、「DXの遅れを痛感した」と振り返る。
ここ数年でビジネスでの活用が急速に進んだAIを、中小含めた業界全体としてどのように取り組むかが、今後不動産業界の生産性をさらに高めるために重要なポイントとなる。杉浦氏はセミナーのなかで「AIエージェント」などの活用例を挙げる。「AIエージェント」とは特定のタスクに対して人間の業務をサポートするもので、不動産業務では顧客の問い合わせ対応や契約書類などの作成支援などが可能だ。杉浦氏は「不動産業界の労働生産性は金額規模では全産業のなかでもトップクラスだ」と紹介したうえで「DXやAI活用にしっかりと取り組めば、この生産性をさらに高めていくことが可能だ」と強調する。
同じくセミナーに登壇したKIZASHI(東京都渋谷区)リスキリング事業部の細野友哉氏はプログラミング言語不要のノーコードで生成AIアプリケーションを構築できるサービス「Dify(ディファイ)」を紹介。細野氏はセミナーに向けてつくった間取り画像を読み込むとパンフレット用の文章を作成するアプリや、契約書の内容を要約できるアプリなどを披露。いずれもDifyを活用して作成したものだという。こうしたサービスを利用することで「明日からでも業務にAIを活用することができる」と参加者に呼びかけていた。
ある参加者は「まだ業務に生かせていないが、早速取り組んでいきたい」と意欲を見せた。
母から継いだ「H・Sビル」 コロナ禍が変化の機に
AIをビル経営に活用するオーナーもいる。
大阪・京都・奈良へのアクセスが良好で、県内でも乗降客数の多い駅である近鉄「大和西大寺」駅。駅から徒歩6分の場所に立地する「ハッピー・スクールビル(H・Sビル)」。運営するFULMⅰRA Japan(奈良県奈良市)の三宅悠生CEOは大学・大学院でAIについて研究を重ねた後に大手ビルメンテナンス会社のIT部門でキャリアを重ねてきた。
三宅氏にとって転機が訪れたのは2020年のこと。ビルをそれまで運営していた同氏の母が体調を崩した。「母がひとりでビル経営を行っていくのは難しい」と感じたことから、ビルメンテナンス会社を退職し、ビル経営を引き継いだ。
この2020年は、「H・Sビル」にとっても大きな転機の年となった。コロナ禍による緊急事態宣言が出されてテナントの経営状況が悪化。ビル経営を取り巻く環境も大きく変化するなかで、「これまでのビル経営を続けていくだけでは」と危機感を抱く。このことが「H・Sビル」を変えていくきっかけとなった。
「まず周辺の不動産市況を調べてみた」という三宅氏。周辺物件でも空室が散見され、「成約状況が良くない」という。その背景には、コロナ禍による経済活動の停滞とともに、リモートワークが働き方として定着するなど賃貸ニーズが急速に変化していることもあった。継いだ当初は「これまで通りの経営方法で」と考えていた三宅氏だったが、市況やニーズの変化を知るとすぐに転換を図る。
AIからの集客が6割 マーケ費用もゼロに
三宅氏が着手したのは、空いた区画をコワーキングスペースなどのシェアリングスペースに変えることだ。ビルの約半分の区画をコワーキングスペースや個室ワークブース、貸し会議室、講習室、クリエイターブースとして運用する。
これらのスペースの集客方法も工夫する。一般的なのは、プラットフォームへの掲載や自社HPでの直接予約。プラットフォームからの集客は手数料コストがかかるのに対して、自社HPでの直接予約はそうした手数料はかからない。三宅氏はプラットフォームにも掲載しながら、直接予約が増えるようSEO対策を実施。「奈良 コワーキングスペース」などで検索すると上位に出てくる。
ネット検索のあり方の変化にも対応する。何かをネットで調べるときに、ChatGPTやグーグル「Gemini」などの「生成AIに聞いてみる」といった検索手法が普及してきた。こうした検索が一般化したとき、これまでのSEO対策だけではマーケティングとして不十分になるリスクがある。
そうしたトレンドをいち早くキャッチした三宅氏は、AI検索でも上位に出るよう対策を行う。そうしたことが功を奏し、いまや同社HPを閲覧する人の6割はAIからの流入だ。実際にChatGPTに「奈良のコワーキングスペースを探して」と聞いてみると、「H・Sビル コワーキングスペース」がトップに表示される。
HPに訪問した人が、より興味や関心を持ってもらえるような仕掛けづくりでもAIを活用する。
「H・Sビル」のHPを閲覧すると、目に飛び込んでくるのが奈良の鹿をモチーフにした公式キャラクター「マルモくん」と、公式イメージガールの「朝比奈エリカ」だ。「マルモくん」と「朝比奈エリカ」はHP上でビルの紹介やコワーキングスペースの利用方法を教えてくれたり、AI活用講座といった記事も展開している。直近では公式インスタグラムで「マルモくん」がビルで仕事しているシーンに声をつけたアニメーション動画が掲載されている。
この2人のキャラクターや動画をつくったのは生成AIだ。「こんなイメージのキャラクターや動画をつくってと指示すればすぐに作ってくれて、細かな修正もできる。『マルモくん』は働く場という堅いイメージとはちょっとアンマッチで、女性層のファンづくりを目指してつくってみたが、狙い通りの反響を得ている。こうしたことを専門の会社に依頼すれば少なくないコストがかかるが、AIを活用するとコストゼロでこうした施策ができる」(三宅氏)。
こうした自らのAIに関する知見を、コワーキングスペースの付加価値向上にも活用する。それが「AIコーチング」だ。
「H・Sビル」のコワーキングスペースなどの利用者のなかには、起業家も多い。そうした人のなかには、昨今のAIに関するニュースなどを見るなかで、「自分の事業にも活用できないか」と考える人も多い。三宅氏が「AIコーチング」を始めたきっかけも、利用者からの声だった。実際にその利用者にもコーチングを実施して伴走し、最終的にはひとりでビジネスのなかで活用できるまでになったという。
このサービスは大きな付加価値になっている。コーチングを受けた人は「奈良県内の人が4割なのに対して、6割は県外の人になっている。なかには北海道や東京からいらっしゃる方もいます」(三宅氏)という。AIコーチングという付帯サービスがあることで、シェアリングスペースにプラスアルファの収益を生み出すことも可能になっている。
実際に活用するには「まずは触れてみて」
三宅氏は日々のビル経営の合間をぬって、米国の不動産業界におけるテクノロジー活用事例をChatGPTに調べさせてピックアップしてもらっているという。さらに、それらの情報から三宅氏が気になったものは「これを自分のビルでどのように生かせるか」とChatGPTに聞き、様々なアイディアやヒントをもらう。このようなAIとの壁打ちから出た施策はこれまでもビル経営のなかで活用しており、今後実施していくアイディアも貯まっている。
「AIは私のビル経営において『右腕』のような存在だ。もちろん、AIに対する指示内容(プロンプト)が的確でなければAIも良い答えを出せない。AIを活用する人もしっかりと勉強をする必要がある」
では、これからビジネスのなかでAIを活用したいと思った人は、どのようなことから始めていくべきか。このように問うと三宅氏は「まずはAIに触れてみてほしい。触れることで『こういうことに使えるんじゃないか』と思うことがあるはずです。このスタートラインに立つことが重要だ」と強調した。