不動産トピックス
【7/14号・今週の最終面特集】先を見据えて取り組む 不動産経営の再生術

2025.07.14 11:31
居ながら施工でビルをリニューアル
ハードル高まる建替え 用途変更で立地に適した物件へ
建築費の高騰が影響し、年々物件の建替えが難しくなってきた。一方で立地場所によっては「もったいない」状態で放置されている物件もある。今後需要の高い用途や立地場所に適した運用方法を見つけ出し、早期に対策を練る必要がある。その一部事例を紹介する。
保有する「矢作豊田ビル」 リニューアル工事進行中
1967年7月設立の矢作ビル&ライフ(名古屋市東区)は、愛知県豊田市小坂本町1丁目に保有するオフィスビル「矢作豊田ビル」のリニューアル工事を進めている。完成は2026年9月頃の予定だ。
矢作ビル&ライフは愛知県を中心にビルやマンション、商業ビル、教育施設などの建物総合管理業務と、リニューアル・リノベーション・耐震補強といった改修工事を手掛けてきた。矢作建設工業の100%子会社で、収益の半分以上はビル、マンションなどの建物総合管理業務。リニューアル工事中の「矢作豊田ビル」は、同社が保有する唯一のテナントビル。1985年6月竣工。地上階S造・地下階SRC造の地上11階地下1階建て。愛知環状鉄道線「新豊田」駅徒歩2分、名鉄三河線・豊田線「豊田市」駅からは徒歩4分とアクセス性に優れている。施工は矢作建設工業が手掛け、以降矢作ビル&ライフが運営・管理してきた。今年で竣工から40年が経過。2~3年前から設備の劣化や改善箇所が複数見られたため、今後の管理面や収支等をシミュレーション。ビルの長寿命化に向けて取り組むべきという経営判断をし、リーシングの強化なども見据えて大規模なリニューアルを選択した。
着工は今年3月から。外装・内装の美観更新や1階のエレベーターホールの改修、貸室の設備更新などを行う。既に貸室内の空調更新や照明のLED化は済んでいるが、照明と連動した人感センサーの導入や警備システムとの連携、また「ZEB Ready」認証取得を目指して改修などを行う。最初に9~11階から開始。3フロアずつ、改修階以外はテナントが入居したままの「居ながら施工」で進めていく方針を採用。一部テナントには同じビル内や外部の他のテナントビルに移転してもらうなど、事前に協力を依頼しての作業となった。
ビル改修のモデルケース オーナー等への提案意識
施設管理事業本部 グループリーダーの吉田純平氏は「見た目では、外観が大きく変化するとともに、1階のエレベーターホールも様変わりします。また、1階は従前貸室でしたが、そのスペースを共用のラウンジと2部屋の会議室に改修します。ワーカーの気分転換や休憩スペースのほか、来館者の打ち合わせ需要などにも柔軟に応えることが可能です。エレベーターホールのデザインも現在のトレンドに合わせて改修しますので、入居テナントの利便性・快適性向上に寄与します」と語った。ちなみに新しいビル外観のデザインは社内投票で決定した。プロジェクトに関わるメンバーはあえて参加せず、若手社員や女性社員などにヒアリングを実施。会社全体の3分の1の社員の協力のもと、新しいデザインが決定した。
基準階貸室面積は約280㎡。数フロアにまたがって入居する企業や長期にわたって入居している企業がいる。リニューアル後に戻る予定の企業も数社いるなど、同ビルのファンは根強い。テナントの求める安心・安全性を確保しながら利便性・機能性も高めることで、既存テナントだけでなく今後は新規テナントのリーシングも本格的に始める予定だ。
また同ビルのリニューアルは、受託管理物件のクライアントや他のビルオーナーに向けて提案する「ビル改修のモデルケース」という位置付けでもある。昨今、建築費が高騰していることで、建替えではなく改修・リニューアルを選択するオーナーが増えており、モデルケースのような需要は高い。オーナー、管理会社、施工会社という3つの視点を持ち、ここで蓄積したノウハウを強みにPRしていく方針だ。
商業ビルへの建替えとマスターリースを提案
店舗流通ネット(東京都港区、以後TRNグループ)は、物件の建替えとマスターリースを組み合わせた提案実績を持つ。名古屋市中区金山2丁目で行った「冨士田ビル」だ。
TRNグループは、駅前立地の店舗不動産に特化した物件の取得・開発やリーシング、管理(PM)、マスターリース、不動産ファンドビジネスなどを展開している。開発用地の仕入れから設計、リーシング、管理までをワンストップで対応可能。遵法性が脆弱の店舗不動産に対しては法的治癒や是正工事を実施。流動性を生み出すことも行ってきた。リテールに疎い不動産オーナーや事業者から依頼を受けることは多い。昨今は空室リスクも加味してマスターリースを依頼するオーナー等が増えている。東海エリアだけでマスターリースの物件は6件(全体では10件ほど)と、順調に伸ばしている。
「冨士田ビル」の建替えは、TRNグループが得意とするリテールのマスターリースと組み合わせたプラン。場所はJR東海道本線・名鉄名古屋本線・市営地下鉄名城線「金山」駅から徒歩1分。金山交差点の大津通りを渡った先、飲食店が軒を連ねる駅前の商業エリアに立地する。以前は不動産オーナーが駐車場付き平屋建ての物件を自社オフィスとして利用していた。年々近隣公示価格が上昇し続ける駅前の商業地であること、土地の容積率も大幅に余っていたことなどあり、商業ビルへの建替えを検討。オーナーはゼネコンへ相談し、建替えと共にリーシングも依頼。しかしオーナー・ゼネコンの双方が商業ビルに関する知見がなく、竣工後の安定した稼働率や賃貸収益等も加味し、双方から実績と空室リスクを担保できる店舗流通ネットへ依頼した。
各テナントが内装を施工 商業ビルは投資効率高い
店舗流通ネットは立地と容積率を生かし、投資効率の高い5階建ての商業ビル建築プランを提案。商業ビルは各テナントが内装を施工するため、レジデンスやオフィスのように内装(一部)を仕上げる必要がなく投資効率が高くなる。竣工後はマスターリースし、ビル管理業務(賃貸業務、設備管理、建物管理)も請け負う。着工前の段階で投資利回りを確定できること、毎月の賃料が保証されることからオーナーも了承した。2018年から本格的に動き出し、2020年2月に竣工を迎えた。
不動産・リース事業本部 名古屋支店の原田顕制専任課長は「強みはリテールに精通していることから提案できる設計変更などです。建築設計のプラン作成から携わることで、完成後のリーシングやテナントの使いやすさも踏まえた物件づくりができます。2階の貸室では直通階段の仕様変更を提案、使い勝手の改善やファサードの魅力アップにつなげました。また看板の大きさ・見やすさによっても成約状況やテナントの集客にも影響があります。『冨士田ビル』でも当初の設計見直しを協力させていただき、集客力のあるテナントを誘致できました」と語った。
新たに竣工したビルはS造の地上5階建て。延床面積1086・1㎡。立地環境からクリニックやサービス店舗よりも飲食が好ましいと判断。東京の企業や東海エリアに強い企業などへ声を掛け、広域にチェーン展開する飲食店舗が集まった。名古屋支店 統括支店長の大池將央氏は「建築費の高騰から建替えのハードルは高まりました。無理に建替えるよりも用途変更を行い、立地に適した飲食店舗やその他リテールを誘致することが好ましいと思います。知見・ノウハウを持った企業と一緒に計画・実施することが成功の秘訣です。ここ数年はマスターリースの需要も高まっていますので、不動産オーナーや事業者も一度マスターリースを検討してはいかがでしょうか」と語った。