不動産トピックス

【今週号の最終面特集】企業のニーズに応える賃貸ビルのリーシング戦略

2022.04.04 11:05

十数万円のコスト負担で競争力向上 入居後がイメージしやすいテナント募集
オフィスの使い方をリサーチ コロナ禍特有のトレンドも
 新型コロナウイルスと向き合う生活は、早くも3年目に突入した。それまでの好調ぶりに水を差された格好となった賃貸オフィス市況も、徐々に需要が戻りつつある状況。とはいえリモートワークを組み合わせた新しい働き方が定着した今、従来と同様のターゲットに向けの情報発信では、テナントリーシングを優位に進められるとは限らない。

ビルのコンセプトに合致する企業属性に狙いを絞る
 東急東横線「代官山」駅より徒歩数分に立地する賃貸ビル「アリエ代官山」では、5階ワンフロア約35坪で昨年10月に入居テナントが退去。同月中にオーナーの西野宏文氏と地場の賃貸仲介業者の間で、次のテナント募集に向けた打ち合わせが行われた。同ビルには西野氏が運営する貸ギャラリー・貸スペースが稼働中のほか、賃貸フロアにはデザイン会社などの事務所が入居。また、住居として使用しているフロアも存在しているが、建物利用者の属性はアート、デザイン、建築関連で構成されていた。西野氏はこうした物件の特性に着目し、デザイン事務所に入居企業候補を絞ってリーシング活動を展開することとなった。
 「築40年を超えるビルということもあり、内装工事を予め行い、セットアップオフィスとして募集することも検討しました。しかし、工事費が1000万円を超え費用対効果に見合わないこと、入居企業の候補として設定した業種が、自社の意思で内装デザインをつくり上げたいという意識が高いと判断しました。従来通りの賃貸形式での募集となりましたが、闇雲に情報を仲介業者に提供するのではなく、建築・設計関連業種に強い不動産会社と連携してリーシングの強化を図りました」(西野氏)
 前職のファッションメーカーではマーケティング部門に従事していたという同氏は、代官山を中心とした渋谷、中目黒を含む半径3km圏内で事務所を構える建築・設計関連業種のオフィスについて、従業員数とオフィスのサイズ感のバランス、デザインコンセプトについて研究。コロナ禍で出社率が減少しており、オフィス内における社員1人あたりの専有面積が拡大している一方で、オンラインでの打ち合わせに対応した個室・半個室スペースの確保がトレンドとなっていることが分かったという。
 「提携の不動産会社にはオフィスレイアウトのサンプル図面と、その図面をもとにイメージパースをそれぞれ3パターン制作して頂きました。イメージパースのデザイン料は1件あたり数万円で、総額でも20万円以内で用意することができました。一般的な募集用のマイソクだけでは内装工事後のイメージが沸きにくいため、イメージ用のビジュアルがあるだけでも成約までのスピード感が大きく変わると思います」(西野氏)
 昨年11月から空室の募集活動が本格的に開始され、6社が内見に参加。翌月、そのうちの1社の入居が内定した。入居企業は同氏が候補に設定したデザイン事務所とのことだ。

セットアップオフィスも 直近ではハイブリッド型も
 内装工事があらかじめ実施され、入居時のイニシャルコストを抑えられるとしてベンチャー企業を中心に人気を集めているセットアップオフィス。直近ではセットアップオフィスの進化版も登場している。通常のオフィスとセットアップオフィスを組み合わせたハイブリッド型の「セミオーダーセットアップオフィス」だ。
 セットアップオフィスは内装工事をオーナー側の負担で行うため、テナント側はオフィス移転にかかるコストを削減できるというメリットを享受できる。一方でオーナー側は通常よりも賃料を上乗せできることから、工事費用の回収というリスクを気にすることなく、リーシングを優位に進めることができるというメリットがある。
 オフィス仲介や内装プランニングなどを展開するヒトカラメディア(東京都世田谷区)が手掛けた「セミオーダーセットアップオフィス」は、基本的なオフィス機能は構築済みとしながらも、貸室内の一部空間は入居後の内装工事でカスタマイズすることが可能。入居時のコスト削減というニーズに応えながら、テナントが希望するオフィスデザインの構築も実現できるのだ。加えて、オーナー側はテナント側が行う内装構築や働き方の支援など、入居後のバックアップを行う。そのためテナントのコスト負担は大幅に低減され、オフィス移転へのハードルを下げ、入居率アップの効果が期待できる。
 新たな入居企業属性を開拓するという点では、ビルの賃貸区画を通常の月額賃料方式ではなく、時間貸しで利用料をもらう方式に変更するというのも一案だ。
 代表例としては、時間制の貸会議室(レンタルスペース)である。安定した運用を続けるためには貸会議室の需要がある立地であることが前提となるが、月極駐車場よりもコインパーキングのほうがより多くの収益を上げられる可能性を秘めているのと同様に、レンタルスペースも月次単位でみれば通常の賃貸よりも高い収益を上げる可能性があるアイディアといえる。
 不動産コンサルティングなどを行うアクト不動産情報サービス(東京都新宿区)の島田博敏社長は「シェアリングエコノミーというビジネスモデルが定着し、小資本の事業者でもレンタルスペースのマッチングサイトに情報を掲載するようになりました。従来の自社HPと比較してもこの効果は大きく、月間売上が5倍まで増加した事例も散見されます」と話す。
 レンタルスペースのマッチングサイトを活用する場合、マッチングフィーが30~35%程度発生するため、その分を差し引いた額が売上となる。初期費用としては机や椅子、ホワイトボード、プロジェクターなど、必要な設備導入のコストが必要となるが、運営代行会社に費用を払うことによってセットアップを丸ごと委託することも可能。また、インターネット代、電気・水道等の光熱費、清掃を外注する場合の費用などが経費として必要となる。清掃は、貸会議室の場合は広さや利用用途にもよるが、週に1回程度で済む場合も多い。島田氏は「アルバイトやシルバー人材センターに委託することも可能」と述べており、この点のコストの圧縮も工夫次第では実現できるという。


コロナ禍で引き合いに変化
アリエ代官山 オーナー 西野宏文氏
 「アリエ代官山」は渋谷区猿楽町に立地する地上5階建ての賃貸ビルで、1階は自社で貸ギャラリーを運営しており、2~5階が賃貸フロアとなっています。コロナ禍前までは満室経営を続けてきましたが、2020年秋以降はテナントの入れ替わりが活発になり、昨年の夏ごろからは入居希望企業の問い合わせ件数も大きく減少していました。セットアップオフィスとして賃貸することも検討しましたが、オーナー側の初期投資が高額になりやすく、高い効果が見込める一方で参入のハードルは高いと感じました。

小割りスペースの充実が高稼働のポイントに
アクト不動産情報サービス 代表取締役 島田博敏氏
 空室活用としての貸会議室やレンタルスペース、レンタルオフィスは参入障壁が低いことから、現在では完全なレッドオーシャンとなりつつあります。しかし、新型コロナの影響で働き方に大きな変化がもたらされたことから、住宅地の周辺や郊外の駅周辺など、これまで出店需要が少なかった立地でも利用者属性を分析することで収益性を確保することが可能になっています。直近では大空間のスペースより1~4名で利用できるオンライン対応のミーティングスペースの充実が、レンタルオフィスの稼働を左右しています。

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