不動産トピックス

【今週号の最終面特集】地域活性化~千葉県館山市~空きビルを地域の複合施設に

2022.01.17 11:05

オーナーの趣味・関心も生かす 豊富なコンテンツで賑わいづくり
廃材利用やクラフトジン製造 「サステナブル」も実践
 千葉県館山市。東京から高速バスで約2時間の距離にある。JR内房線が通り、観光地としても知られている。1980年頃から人口減少が続いていて、空きビル・空き家の数が増えている。そのような物件を活用して、新たな活性化への取り組みが始まっている。そのなかのひとつ、「TAIL」をここでは取り上げていく。

複合施設「TAIL」21年5月オープン
  「館山」駅から歩いて7分の場所にある、3階建てのビル。もともとは地域の段ボールメーカーが所有し、本社社屋として使用されていた。ただ数年前に移転、ビルは所有し続けていたものの、空きビルとなっていた。
 今、このビルが全く別の施設に生まれ変わっている。複合施設「TAIL―Tateyama Area Incubation Lab―」。1階には「CAFE&BAR TAIL」とクラフトジン蒸留所、2階はホステル、3階は近々開業を予定するシェアオフィスとなっている。
 「TAIL」オーナーの大田聡氏はもともと都内で建築士としてキャリアを積み、二級建築士事務所「office OTA.」を主宰。この他にも、空き家マッチングコミュニティ「AKIYA STOCK」なども運営している。現在は館山市地域おこし協力隊のメンバーとしても活動している。
 これまでに館山との縁はなかった。そんな同氏が館山での空きビル活用に踏み出したきっかけは何だったのか。
 「館山で遊休不動産活用を行っている漆原秀さんに誘われて、館山リノベーションまちづくりに参加したのがきっかけとなりました。そこから実際に館山での活動に関わっていくことになります」(大田氏)
 漆原氏は1979年竣工の公務員宿舎をリノベーションして、2017年にDIY可能な賃貸物件としてオープンした「Minato Barracks(ミナトバラックス)」をはじめとして、やはり空き物件となっていた元診療所の建物を改修してマイクロホテル&ゲストハウス「tu.ne.Hostel(ツネホステル)」などを展開。「TAIL」の2階に入居するホステルは「ツネホステル」の別館となっている。

地域の素材を使用 クラフトジン
 「TAIL」のユニークさはビルのコンテンツづくりにもあらわれている。たとえば、1階のクラフトジン蒸留所。運営するのはTATEYAMA BREWING.inc(千葉県館山市)。大田氏が代表取締役を務め、自らジンの製造を行っている。「TATEYAMA GIN」は21種類の素材をそれぞれ単品で蒸留してつくられる「エレメントシリーズ」、これらのエレメントシリーズをブレンドしてつくられる「ブレンドシリーズ」の2シリーズがある。また日本ソムリエ協会認定のマスターソムリエ・高野豊氏と協力して、房総半島の植物の葉を使ったジンである「シナモンジン」が館山・木更津のイオンで限定販売されている。また「ツネホステル」向けに独自商品も製造したりしている。
 これらのジンでは地域で採れる植物や素材が一部に使用されている。不動産の有効活用だけでなく、地域の資源を有効活用するサイクルを作り出している。ただジンはアルコール度数も高く、大量に生産しても多くの在庫を抱えてしまう。そこで少量ロットからでもつくれるように蒸留する器具を導入。1回3リットルからつくることができるようになっている。そのため、新しい素材が調達できれば積極的にオリジナルのジンを製造することができる。

DIYで最小限の経費 シェアオフィス近々開設
 大田氏がこれまで建築士として築いてきたキャリアは、ビルを活用していくうえでのDIYにも大きく貢献している。2階のホステル部分の内装は運営事業者が行ったが、1、3階は自らの手で改装した。大田氏は「1階のDIYに際しては、ところどころで改装工事で出てきた廃材を再利用しています」という。
 3階のシェアオフィス部分は昨年末現在、工事を進めていた。こちらもやはり自ら工事を行っている。「3階はもともと住居となっていました。ここを改装して、共同して働くことができるコワーキングスペースと、プライベートオフィスを整備していきたいと考えています」(大田氏)。ここには大田氏が代表のoffice.OTA.が構えるほか、別の建築事務所も入居する予定。まだオープン前だが、「問い合わせをいただいており改装のテンポを早めています」とのこと。シェアオフィスやコワーキングスペースは近隣では少ないが、ワーケーション需要やリモートワークの浸透で「どこでも働くことができる」という意識が広がっている。どのような需要を得ていくかはまだ未知数だが、多様なニーズを得ていくことが期待できそうだ。

好きなことが「活性化」に 賃貸経営としても順調
 複合施設「TAIL」の賃貸だけでなく、様々なコンテンツでエリアの活性化に一役買っている。ただ大田氏は「私は『TAIL』で自分の興味のあることを展開している、それが結果として『活性化』につながっていると考えています」と話す。
 館山では先述の漆原氏をはじめとして、様々なプレイヤーが遊休不動産を活用しての取り組みが行われている。これらの根底にあるのは「好きなことをする」ということだ。それらの活動がシナジーを起こしていき、「将来的に街が、人々のやりたいことができるような場所になっていけば」というのが大田氏のビジョンだ。
 気になる賃貸経営についても、豊富なコンテンツとDIYなどでの経費削減で「順調にいっている」ようだ。
 都心一等地とは異なるビル経営。そこに必要なのはアイデアとコンテンツ、そして発信力だ。

得意が生きる「ビル経営」トレンド押さえて戦略を
 「TAIL」の取り組みは、これからの都心部でのビル経営に対してのヒントが多いのではないか。新型コロナウイルス感染症の影響で東京都心部でのビルの空室率上昇が指摘されている。発表されているものでは大型ビルが対象となっているが、あるオフィス仲介会社は「中小ビルも含めれば10%弱まで上がるのでは」と指摘する。中小規模のオフィスに対するニーズは一定数あると予想されるが、築年数が経過し、立地も厳しい、となるとオーナーにとっては「これまでとは違う一手」を打つ必要があるだろう。例えば「TAIL」での廃材利用などコストを抑えた改装や、クラフトジン蒸留所などの展開は、大田氏がこれまで築いてきたキャリアや趣味・関心を生かした。魅力的なビルづくりを行っていく上でオーナー自身の能力や趣味を生かしていくのも一策だろう。
 社会的なトレンドも注視したい。「環境」や「サステナブル」、「健康」はテナントも気にする。「TAIL」の廃材利用やクラフトジンも「環境」、「サステナブル」につながる。コロナ禍で不透明な状況が続くが、突破口を開く戦略を立てていきたいところだ。


ビルの魅力をさらに発信へ
TAIL オーナー 大田聡氏
 物件との出会いは2019年の秋頃で、20年4月には購入するに至りました。都市部とは異なり価格も安く、土地建物で数百万円。またDIYのほかに、1階のクラフトジン蒸留所の機材についても割安に導入することができました。このようなことは、オープンしてから半年ほどの賃貸経営においてもプラスに作用しています。まだ3階のシェアオフィスなど、全面的に稼働できていないところもありますが、今後しっかりと内装を整えていくことで、「TAIL」の魅力を発信していきたいと考えています。

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